戸田即日庵の歴史
成り
立ち
江戸時代、戸田家の祖先は尾張の藩士でした。
幕末になり、先代の仕事を代々継いだ高祖父は、
当時の名古屋城で御広敷用人に就きました。
しかし時代が明治に移り変わり、尾張藩が終わると、
高祖父は東京へ出ることになりました。
当初、赤石町に京を構えましたが、日本橋の茅場町に
裏千家茶道と尾張美笑流華道の道場を構えました。
明治二十年、十三代目御家元の円能斎が
茶道普及のために東京にいらした際、高祖父が知遇を得、
息子(曾祖父)を円能斎の内弟子として頂き、
宗見という茶名を賜りました。
円能斎が京都にお戻りになった後も、
東京にて終生、裏千家茶道の普及に努めました。
祖父は十七歳で湯島天神の御献茶式の際に円能斎に
お目にかかった事をきっかけに京都にて
宗家の住込み修行に入ります。
帰京後、曾祖父の後を継ぎますが、戦災で茅場町の道場を失い、
戦後現在の千代田区麹町に道場を移します。
父は業躰の立場を頂きながらも茶道研究に生活を捧げ、
多数の研究書を残しました。
代々
歴代当主
戸田 一楽
尾張藩士。
戸田 宗見
裏千家業躰。裏千家名誉教授。順能斎。楽翁。
戸田 宗寛
裏千家業躰。裏千家名誉教授。淡々斎より「淡能斎」鵬雲斎より「直翁」を賜る。
戸田 宗安
裏千家業躰。裏千家名誉教授。東京大学学術博士。
戸田 宗寛
裏千家業躰。正教授方。